キャリーバッグと自転車操業

新会社を設立した当初は会社に体力がなく、会社員時代の部下達を同時に全員雇う事ができなかったので、軌道に乗るに従って「そろそろ給料出せるから来い」と言って一人ずつ採用し、最後は元の部下全員を採用していった。

「日本の印刷会社を変えてやる」と裸一貫から始めた会社だが、世の中そんなに甘くなく、1000万円しか資本金がないので運転資金は早々に底をついた。営業をして売っても回収までには当然時間がかかる。どうすればよいかと考えていたころ、ビジネス評議会が主催するビジネスフロンティア活用資金のベンチャー認定が取れたため、銀行から融資を受けることができ当面の運転資金を得ることができた。

しかしそれでも毎月会社が潰れるのではないかと不安に思い、本当に怖かった。8月に設立して初めの3ヶ月間は自分の給料は取らなかった。しかも経営者の私はキャッシュを残しておかなけれあばと食うか食わずかの生活をしていた。社員にも1、2ヶ月経って運転資金が回るようになってから徐々に給料を払っていった。

今でも忘れられない出来事がある。社員全員に給料が支払えるようになったら私と幹部の4人で寿司を食べにいこうと決めており、とうとうそれが実現した。握り寿司だけで腹一杯にしたかったので「大将、いやってほど食べさせてくれ。」と4人ですごい勢いで寿司を食べた。そして、2、3次会にまでなった時に、酒が回ってせっかく食べた寿司を全部もどしてしまったのだ。他の3人に「寿司がもったいないやないか!」と叱られたが、とにかくうれしかったのを今でもはっきりと覚えている。

その後、全国に向けて営業活動を始めるが、無駄なお金は使えないので、行きだけ新幹線で青森、飛行機で鹿児島へ行き、帰りがけにアポイントをとりながら在来線で会社へ帰ってくるという節約営業を続けた。社員の顔を思い出すと契約が取れなかったら帰れないという想いで全国をまわっていた。例の会社案内パッケージを持ち、キャリーバッグ一つで走りまわった結果、トータル350社ほどの印刷会社とコンタクトをとることになった。
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